秋の太陽が穏やかな湖面を照らす。
決してギラギラではなく、出来ればその温かみを柔らかく感じるぐらいに照らして欲しい。
湖の釣りは幾分「ひたすら」といった忍耐・我慢比べに近いものを要するから好きだけれど、
天気が良くって風の穏やかな日には、どういうわけか僕は鱒に出会える気がしない。
秋の穏やかな太陽をほんの少し恨めしく思う。初冬になると、あれだけ太陽の温かさが恋しくなるのに。
でも、湖から初雪の便りが聞こえてくる頃になったら、またどこかの湖の畔に佇みたい。
静寂さに包まれた湖、深々と音もなく大きな牡丹雪が降るような中でロッドを振りたいものだ。
僕にとってはとても印象深い初冬の湖での記憶がある。確か10数年以上前のまだフライフィッシングを始めたばかりの頃じゃないだろうか。11月の中頃、雪の影響で50km/hに速度規制された夜のハイウェイをひとりで朱鞠内湖に向けて車を走らせた。早朝の取水崎には贅沢にも僕ひとりだけ。湖は濃い霧に被われていて、雪景色の湖畔は木々の深いグリーンと雪の白に被われている。そして鈍よりと曇った鉛色の空からは大きな牡丹雪が深々と降り注いでいた。僕の耳にはそんな大きな雪がレインジャケットに当たって立てる「カサ、カサ、カサ・・・」といった乾いた音が静かに響き、それ以外はまったく音が響かないシーンとした包み込むような無音。これほどの静寂さを僕はこれまでに味わった事がなかったせいだろうか、霞んだグレーの心象的な風景と共に、なぜかとても印象深かった。今でもその光景が何かの拍子に思い出されてしまうぐらいだから、よほどインパクトがあったのだろう。寒さに震えながら無心でキャストを繰り返す。でも、どこか心の中は暖かいもので満たされていた。
霧の向こうで大きな鱒の立てる水音が静かに響く。きっと水音の響く大きさからするとイトウだろう。水音がフェード・アウトするとやがてまた沈黙のような静寂が訪れた。そしてまた大きな水音。少しずつこちらに近づいてきているようだった。相変わらず「カサ、カサ、カサ・・・」という乾いた音だけが僕の耳に響いている。
不意にリトリーブしているラインに強い衝撃を感じた。痺れで感覚を失った指にでも感じるぐらいだから相当強かったのだろう。すべてものが静から動へとシフトした。
気が付くと雪景色の湖岸にはフライフィシングでは初めて出会うイトウが横たわっていた。そっと口元からオリーブ色のワカサギを模したゾンカーを外す。霧が立ち込める湖にイトウがゆっくりと戻ると、やがてすべてのものが動から静へと逆戻りし、また沈黙のような静寂が訪れた。
そして、相変わらず僕の耳には「カサ、カサ、カサ・・・」という乾いた音だけが響いていた。
いつまでも。