午後の支笏湖線はけたたましい程のセミの大合唱に包まれていて、さながら風流な蝉時雨どころではないのだった。子供の頃故郷で聞いた夕暮れのヒグラシの鳴き声なんて、ほんのりと侘しくて、どことなく物悲しく思えたものだけれど。
少しばかり初夏を思いださせる午後、いつものように95kmのポイントに佇んだ。程良い風と波。耳を澄ますと、遠くからエゾ春ゼミの賑やかな鳴き声が聞えてくる。もしかしたらシーズン初期のチャンスかもと、ほんの少しだけ期待が高まった。
「ゴボッ」、「・・・?」。「スルスルスル・・・」、「・・・?」。一瞬何が起こったのか分からなかった。ハッと我に返って、慌てて手もとから滑り出すラインを指で止めたけれど、それはもう時すでに遅しである。そういえば、手もとのグリーンのランニングラインをロッドを握った指に軽く引っ掛けていただけだった。しっかりと指でホールドしていなかったのだ。鱒はおそらく僕のセミフライを咥えてラインを引き出したあと、その重さと違和感できっと吐き出したのだろう。僕が鱒でもあれだけ負荷が掛かれば、そんなに長くは咥えていない筈だ。落胆と共にまた一つ教訓を得た。
それからは鳴かず飛ばずの閑古鳥である。いつの間にか風が冷たくなるのと共にセミの鳴き声も聞えなくなってしまった。バッキングライン近くまでドリフトさせたセミフライを回収しながらふと湖を見ると、支笏湖が夕暮れの金色に染まり始めていたのだった。
今日のBGM:J.S.BACH/MUSICAL OFFERING